MENU
 

亜納あのう

歴史 【家名】

 
 
濃代地方、高茂明国国主。
華虚初期にはまだ記録にその名は見られないことから、高茂明がいくつかの国に分裂した頃相続争いに勝ち国主の座についたのではないかと見られている。
征誅刀を手にしていた二代主の治世には北濃代でも有数の繁栄をもたらしたとされるが、次代は圧政をしき近隣諸国を次々攻め滅ぼした暴君であったという。
 
     
一覧へ戻る
PAGE TOP